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東京地方裁判所 昭和32年(ヨ)2020号 判決

債権者 武内義行

債務者 風間歳次郎 外一五名

主文

一、債権者が債務者等のため金一五〇万円の保証をたてることを条件として、

(一)、本案判決確定に至るまで債務者河出孝雄が債務者社団法人日本出版協会の理事長兼理事の職務を、債務者風間歳次郎、同吉田聖一、同加藤金三、同上本将、同越元次良、同下中弥三郎、同古田晁、同岩波雄二郎、同小林直衛、同大島秀一、同田中久四郎、同小林茂、同岩田元彦、及び同橋口景二が債務者団法人日本出版協会の理事の職務を執行することをそれぞれ停止する。

(二)、右停止期間中当裁判所を指名した者をして仮りに債務者社団法人日本出版協会の理事長兼理事及び理事の職務を代行せしめる。右指名は別に行う。

二、債権者の債務者社団法人日本出版協会に対する債権者が債務者社団法人日本出版協会の会員たる地位を有することを仮りに定める旨の仮処分を求める申請はこれを却下する。

三、訴訟費用はこれを十分し、その一を債権者の、その余を債務者等の負担とする。

事実

債権者代理人は「本案判決確定に至るまで(一)債務者河出孝雄が債務者社団法人日本出版協会の理事長兼理事の職務を、債権者風間歳次郎、同吉田聖一、同加藤金三、同上本将、同越元次良、同下中彌三郎、同古田晁、同岩波雄二郎、同小林直衛、同大島秀一、同田中久四郎、同小林茂、同岩田元彦、同橋口景二が債務者社団法人日本出版協会の理事の職務を執行することを停止する。(二)右停止期間中裁判所の選任した者をして債務者社団法人日本出版協会の理事の職務を代行せしめる。(三)債権者が債務者社団法人日本出版協会の会員である地位を有することを仮りに認める」との判決を求め、その申請の理由として、

一、債務者社団法人日本出版協会(代下債務者協会という)は出版事業の健全なる発達とその文化的使命達成並に会員相互の親睦を図る目的を以て昭和二一年五月一五日設立された社団法人であり、債権者はその頃債務者協会に入会の申込をなしてその会員となり且つ昭和二八年四月会員総会の決議により、その評議員に選任せられ、現に債務者協会の会員及び評議員たる地位を有する者である。

二、ところで、債務者協会は、

(一)  昭和三〇年九月二日午後二時東京都千代田区神田一ツ橋如水会館において評議員会を開催し、申請外石井満外一二名の理事が任期満了により退任したので新に債務者風間歳次郎、同吉田聖一、同加藤金三、同上本将、同越元次良、同橋口景二及び申請外辻本経蔵外三名を理事に選任する旨の決議をなし、右決議に基き同年九月五日その旨の理事の変更登記を了し、(右選任された理事の内債務者橋口景二及び申請外辻本経蔵外三名は昭和三〇年一二月一五日辞任し、その旨の登記がなされた)

(二)  同年一二月一九日右如水会館において評議員会を開催し、債務者下中彌三郎、同右田晁、同岩波雄二郎、同小林直衛、同大島秀一、同河出孝雄、同田中久四郎及び申請外加藤一、同東清重の九名を理事に選任する旨の決議をなし、右決議に基き同年一二月二九日その旨の理事就任の登記を了し、

(三)  昭和三一年五月二八日前記如水会館において評議員会を開催し、債務者小林茂を理事に選任する旨の決議をなし、右決議に基き同年六月一〇日その旨の理事就任の登記を了し、

(四)  更に昭和三二年二月二六日前記如水会館において、評議員会を開催し、債務者岩田元彦、同橋口景二、を理事に選任する旨の決議をなし、右決議に基き同年四月一三日その旨の理事就任の登記を了した。

三、しかしながら、右二(一)乃至(四)の各評議員会の決議は次の理由によつて無効である。

(一)  先ず右各評議員会は、いずれも評議員たる地位を有しない者が出席してなしたものである。即ち、債務者協会の評議員の選出については、定款第一〇条に「評議員は別に定める評議員選出規程によつてこれを選出する」旨規定され、その評議員選出規定第五条には「選挙は直接投票による。但し予め一定の地域を定めて郵便投票によることができる」旨定められているところ、昭和三〇年八月五日の債務者協会の臨時会員総会において、緊急動議として「昭和三〇年度に限り直接投票によらず評議員選考委員会の選考によつて評議員を選出することができる」旨の評議員選出規程改正案(以下単に改正案という)が上程可決せられ、右改正規定に基いて評議員選考委員会が構成され、右委員会において、昭和三〇年八月一五日債務者風間歳次郎、同吉田聖一、同加藤金三、同上本将、同越元次良等を含む五二名が評議員に選出された。

しかしながら、定款第二二条によれば、諸規程の制定及び変更に関する事項は評議員会において審議し議決する旨定められており、右改正案は明らかに定款第二二条の諸規程の変更に該当するのであるから、右改正案を議決するには評議員会の審議及び議決を経なければならないものである。しかるに右改正案は評議員会の審議及び議決を経ることなく、直接会員総会に上程可決されたものであるから、昭和三〇年八月五日の臨時会員総会における右改正案を可決する旨の決議は定款に違背し無効である。従つて、右評議員選出規程を改正する条項は無効で、右改正後の規程に基き選考委員会の選考によつて評議員に選出された前記債務者風間歳次郎外五一名はいずれも評議員たる地位を取得しないのであるから、右の者等が評議員として出席してなした前記二、(一)乃至(四)の各決議はいずれも無効である。

(二)  のみならず、右評議員会はいずれもこれを招集する権限のない者が招集したものである。即ち、昭和三〇年九月二日の評議員会は、同年八月九日付を以て評議員懇談会世話人代表吉田聖一なる名義で新選出評議員の懇談会を開催する旨の通知をなしながら、右懇談会の会合をそのまま評議員会にきりかえて前記二、(一)の如き理事選任の決議をなしたものであるから、招集権限を有する者によつて適式に招集されたものではない。次に昭和三〇年一二月一九日の評議員会は、同年一二月九日付を以て協会理事代表、世話人代表大島秀一なる名義で招集開催されたものであるが、大島秀一は当時理事長でもなく何ら評議員会を招集する権限は有しなかつたものである。又、昭和三一年五月二八日及び昭和三二年二月二六日の評議員会はいずれも河出孝雄が理事長としてこれを招集したものであるが、同人を理事に選任した昭和三〇年一二月一九日の評議員会は、前記のとおり無効であるから同人は理事長たる地位を有しないものである。

従つて右各評議員会はいずれも招集権限を有しない者の招集に係るものであるからその決議はすべて無効である。

(三)  さらに、定款第一二条によれば「理事は評議員会において評議員の中からこれを選出する。但し必要がある場合には評議員外からも選出することができる。」旨規定されているのに前記二(一)乃至(四)の各評議員会において理事に選任された者はいずれもその評議員選任決議が無効な為、評議員たる地位を取得していないのであり、しかも定款第一二条の例外規定によつて評議員からのみ理事を選任しなければならない様な事情は何ら存しなかつたのであるから、前記各評議員会における理事選任の決議は被選資格を有しない者を理事に選任した点においても無効というべきである。

四、従つて前記二、(一)乃至(四)の各評議員において理事に選任された債務者協会を除くその余の債務者等はいずれも理事たる地位を取得しないものである。

五、よつて、債権者は債務者協会に対し前記各評議員会における決議無効確認並に登記抹消手続請求の訴を提起する予定であるが、債務者協会を除くその余の債務者等にこのまま理事たる職務を行わしめる時は、債務者協会の一ケ年三千万円の予算の運営及び帳簿価格のみでも約八百万円に達する資産その他の利益保全の上に回復し難い不利益を蒙らせる危険があるばかりでなく、右債務者等は他の同種親睦団体と債務者協会とを合併しようとする意図を有するとの噂もあり、かくては本案訴訟において勝訴の判決を受けても、最早債務者協会にとつて回復不能の損害を生ずる虞があるから、本案判決確定に至る迄債務者河出孝雄が債務者協会の理事長兼理事たる職務の執行を、債務者風間歳次郎、同吉田聖一、同加藤金三、同上本将、同越元次良、同下中彌三郎、同右田晁、同岩波雄二郎、同小林直衛、同大島秀一、同田中久四郎、同小林茂、同岩田元彦及び同橋口景二が債務者協会の理事の職務を執行することを停止し、且つ代行者を選任する旨の仮処分を求める。

六、次に、債務者協会は昭和三二年三月二五日付内容証明郵便を以て、債権者に対し、会員として不適当であるとの理由により、定款第七条、会員規程第一一条によつて理事会及び評議員会において債権者を除名する旨の決議がなされた旨を通知した。

しかしながら、債権者を除名する旨の決議をなした理事会は二、(一)ないし(三)の決議により選任された理事、また評議員会は三(一)の手続により選出された評議員により構成されていたところ、これら構成員がいずれもその資格のない者であること前記のとおりであつて適法な理事会又は評議員会と言い得ないから、このような理事会及び評議員会がした右除名の決議は無効であるというべく、債権者は依然債務者協会の会員たるを失わないのである。

よつて債権者は債務者協会を相手方として債権者が同協会の会員たるの地位を有することの確認を求める訴を提起しようとするものであるが、本件職務執行停止、代行者選任の仮処分を求める前提として、債権者が債務者協会の会員たる地位を有する必要があるから本案判決確定に至るまで債権者が債務者協会の会員たる地位を仮りに有することを定める旨の仮処分を求める為本申請に及んだ次第であると述べ

七、債務者等主張の抗弁に対し

(一) 債務者等主張の一、(1) の事実中、債権者が昭和二三年その個人営業を株式会社組織に改め株式会社政経時潮社を設立してその代表者となつたことは認めるが、株式会社政経時潮社が設立直後債務者協会に入会し、債権者が同時に会員資格を喪失したことは否認する。

(二)  債務者等主張の一、(2) の事実中債務者協会が昭和三二年三月二五日債権者に対し内容証明郵便を以てその主張のような除名の決議があつた旨の通知をなしたことは認めるが債務者等主張の如き理事会及び評議員会の決議がなされたことは知らない、その余の事実は否認する。

仮りに債務者等主張の理事会及び評議員会において債権者を除名する旨の決議をなしたとしても、右決議はいずれも前記六記載の理由によつて無効である。

(三)  債務者等主張の一、(3) の事実は認めるけれども、後任者の選任が無効である以上定款第五条第二項にいわゆる職務執行をなし得なくとも、同条によりその地位のみはこれを有するものというべきであるから、債権者は依然評議員であつて、本件仮処分申請をする利益はこれを有するものである。

(四)  債務者等主張の三(1) の事実中債権者が評議員選考委員に選出され且つ評議員に選出されたことは認めるが、その余の事実は否認する。昭和三〇年八月五日の会員総会において緊急動議を提出したのは債務者橋口景二であつて債権者等主張のような所為はなかつたのであるから、債権者が訴権の抛棄をしたと認められる余地は全然ない、のみならずエストツペル乃至クリーンハンドの原則を適用すべき場合に当らない。

(五)  債務者等主張の四、(1) の事実は不知、仮りにその主張の会員総会においてその主張の如き決議をなしたとしても、右会員総会は理事長の資格を有しない河出孝雄が理事長としてこれを招集したものであるから招集権限のない者の招集に係るものというべく右総会でなされた決議は無効であるばかりでなく、かかる決議をなしても従前の評議員会における各決議の瑕疵が治癒されるものではない。

(六)  債務者等主張の四、(2) の事実中債務者等主張の四名が昭和二八年六月九日理事に選任されたこと、右四名の任期が昭和三〇年六月九日満了したこと、定款第一五条にその主張の如き規定があることは認めるが理事の任期が満了した後、後任者が選任せられ、その後任者が職務の執行をなすに至つた以上仮りにその選任が無効であつても旧理事は職務執行をなす資格を失つたものと解すべきであるから債務者等のこの点に関する主張は理由がないと述べ、

疎明として、甲第一乃至第五号証、第六号証の一、二、第七乃至第十号証第十一号証の一、二を提出し、証人鈴木誠、窪田範治の各証言を援用し乙第一号証、第三号証の一、二第四号証の二乃至四、第十二号証、第十三号証、第十四、第十五号証の各一、二の成立は認める、乙第四号証の一の原本の存在及びその成立は否認する、爾余の乙号各証の成立(乙第三号証の三の原本の存在及び成立)は不知と述べた。

債務者等代理人は「債権者の本件仮処分申請を却下する、訴訟費用は債権者の負担とする」との判決を求め、答弁及び抗弁として、

一、債権者主張の一の事実中、債務者協会が債権者主張の如き目的を以て昭和二一年五月一五日設立された社団法人であること、債権者がその頃入会の申込をしてその会員となつたこと及び債権者が昭和二八年四月その評議員に選任されたことは認める。

けれども、(1) 債務者協会の会員たる資格は定款第五条及び会員規程第二条により、書籍、雑誌その他の出版物を発売する為に継続して業務を行う個人、法人又は団体である正会員と、主として所属団体員に対し、出版物を頒布する為に継続して発行業務を行う団体である準会員との二種に限定されているところ、債権者は昭和二一年二月九日雑誌の発行を行う個人として債務者協会に入会し、その正会員となつたが、昭和二三年右個人経営を株式会社組織に改め、株式会社政経時潮社を設立してその代表者となり、個人としては出版業を営まなくなつたから同年三月三日株式会社政経時潮社が新に債務者協会に入会すると同時に債権者は会員資格を喪失した。

(2)  仮りに右主張が理由ないとしても、債務者協会は昭和三一年一〇月二九日及び昭和三二年二月一六日の理事会において、債権者が会同たるの体面を汚す所業があつたので会員として不適当であると認め、定款第七条、会員規程第一一条により除名することを決議し、次いで同年二月二六日の評議員会においても右理事会の決議を承認し、同年三月二五日内容証明郵便を以て債権者にこの旨を通知し、右は遅くとも翌二六日に債権者に到達したから債権者は現在会員ではない。

(3)  又債権者は昭和二八年四月債務者協会の評議員に選任されたけれども、評議員の任期は二年(定款第一五条)であるから債権者の評議員の任期は昭和三〇年四月を以て満了したものである。

(4)  従つて債権者はその主張の決議が無効であることの確認を求める利益はなく、本件仮処分申請をする利益も有しない。

二、債権者主張の二の各事実は全部認める。

三、(1) 債権者主張の三、(一)の事実中、定款第一〇条、評議員選出規程第五条に債権者主張の如き規定があること、昭和三〇年八月五日の臨時会員総会において緊急動議として債権者主張の如き評議員選出規程の改正案が上程可決せられたこと、右改正規程に基いて評議員選考委員会が構成され、右委員会において同年同月一五日債権者主張の五二名が評議員に選出されたこと及び定款第二二条に債権者主張の如き規定があることは認める。しかし、定款第二二条において同条所定の事項を一応評議員会の審議、議決に委せてはおるけれども、本来会員総会は協会の最高の意思決定機関で協会の事業及びその運営上必要な事項については如何なることもこれを審議し、議決する権限を有するもので、はるから同条所定の事項は評議員会のみがこれを審議し議決する権限を有するものではなく、又評議員会の議決なくして会員総会に附議出来ないという性質のものでないから、右改正案を評議員会の審議及び議決を経ることなく直接会員総会に附議してこれを可決した昭和三〇年八月五日の決議に何らの違法はない。

仮りに右決議が無効で右改正規定に基く評議員選出行為が無効であるとしても昭和三〇年八月五日の会員総会において右改正案を緊急動議として提出したのは債権者自身であり、然もこれが多数を以て可決せられた後、債権者は自ら評議員選考委員に選出されてこれが就任を承諾し、進んで評議員の選考に当り、債権者自身も評議員に推されこれが就任を承諾したばかりでなく、評議員選考委員会の議事録にも自ら署名人として署名しているのであるから、債権者は右改正案の決議及びその成立過程に瑕疵がないことを認め、その無効確認請求の訴権を債務者等に対して抛棄する旨の意思表示をしたものと解すべく、仮りにそうでないとしてもエストツペル乃至クリーニハンドの原則により債権者は前記評議員選出行為の無効を主張しうべき限りではない。

(2)  債権者主張の三(二)の事実中債務者吉田聖一が債権者主張の名儀で昭和三〇年九月二日に懇談会を開催する旨の通知をなしたこと、大島秀一が債権者主張の名儀でその主張の如き評議員会招集の通知をなしたこと、昭和三一年五月二八日及び昭和三二年二月二六日の評議員会はいずれも河出孝雄が理事長としてこれを招集したものであることは認めるけれども、昭和三〇年九月二日の評議員会は右開催通知の懇談会の直後理事たる風間歳次郎が定款第一七条第二項にいわゆる「会長理事長及び専務理事ともに事故ある」ものとして、理事の互選により理事長の職務を代理してこれを招集し開催したものであり、昭和三〇年一二月一九日の評議員会も理事たる大島秀一が同条第二項により理事の互選によつて理事長の職務を代理してこれを招集したものである。又昭和三一年五月二八日及び昭和三二年二月二六日の評議員会を招集した河出孝雄は当時理事長の地位にあつたのであるから、右各評議員会招集者の招集権限について何らの違法はない。

(3)  債権者主張の三、(三)の事実中、定款第一二条に債権者主張の如き規定があることは認めるがその余の事実は争う。

四、(1)  仮りに昭和三〇年八月五日の会員総会における評議員選出規程の改正決議及びこれに基く評議員の選出並に昭和三〇年九月二日及び同年一二月一九日の各評議員会における理事選任の決議が無効であるとしても、理事長たる河出孝雄の招集に係る昭和三一年三月二六日の通常会員総会において右評議員会においてなした理事の選任が適法である旨の決議をなしたから右各決議の瑕疵はこれによつて治癒されたものである。

(2)  仮りに右主張が理由がないとしても、債務者風間歳次郎、同大島秀一、同河出孝雄、同田中久四郎はいずれも昭和二八年六月九日理事に選任されたものである。尤も理事の任期は二年であるから右債務者等は昭和三〇年六月九日を以て任期満了したけれども、定款第一五条第二項には「役員は任期が満了した場合でも後任者が職務を執行するに至るまではその職務を行うものとする」と規定されているから、債権者主張の評議員会における理事の選任が無効であるとすれば、右債務者等の後任者はなく、右債務者等が依然理事たる職務を行うことになるのであるから、右債務者等が昭和三〇年九月二日及び同年一二月一九日の評議員会において右債務者等を理事に選任した決議の無効を理由として理事たる職務の執行を停止される理由はない。

五、債権者主張の五の事実は全部否認する。

六、債権者主張の六の事実中債務者協会が債権者に対しその主張の如き通知をなしたことは認める。債務者協会においては前記(2) において述べた通り理事会及び評議員会において債権者を除名する旨決議し然もその決議はいずれも理事及び評議員たる地位を有する者によつてなされたのであるから債権者を除名する旨の決議は有効である。従つて債権者の会員たるの地位を仮りに定める旨を求める仮処分申請は理由がないと述べ、

疎明として、乙第一号証、第二号証、第三、第四号証の各一乃至四(第三号証の三及び第四号証の一は写)、第五乃至第七号証、第八号証の一、二第九号証、第十号証の一、二、第十一乃至第十三号証、第十四、第十五号証の各一、二を提出し、証人市場正悦の証言並に債務者吉田聖一及び加藤金三の各本人尋問の結果を援用し、甲第四号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

債務者社団法人日本出版協会(以下債務者協会という)が債権者主張の如き目的を以て昭和二一年五月一五日設立せられた社団法人であること債権者がその頃入会の申込をして債務者協会の会員となつたこと、債権者が当初営んでいた雑誌発行の個人営業を昭和二三年株式会社組織に改め、株式会社政経時潮社を設立してその代表者となつたことは当事者間に争がなく、定款第五条、会員規程第二条に債務者等主張の趣旨の規定があることは債権者の明らかに争はないところである。

債務者等は昭和二三年三月三日株式会社政経時潮社が債務者協会に入会すると同時に債権者は会員資格を喪失したと主張するけれども定款及び会員規程には当初会員として入会した個人が、個人として出版事業を行わなくなつた場合に、これによつて当然会員資格を喪失して脱退するものと解し得るような規定はなく(例えば中小企業等協同組合法第一九条、農業協同組合法第二二条参照)、会員規程第一一条によれば、かかる者といえども退会届を提出して退会しない限り依然会員たる資格を有するものと解しうるところ、株式会社政経時潮社が昭和二三年三月に入会の申込をしたこと及び債権者が退会の意思表示をしたことを認めるに足る疏明はない。

もつとも、乙第二号証(入会申込書)には会員の名称又は商号欄に政経時潮社、事業主又は代表者氏名欄には武内義行との記載があつたところ、商号政経時潮社の肩書に赤インクで株式会社の文字が附加せられ、また、組織欄(個人、会社又は組合等の別)にはもと個人と記入されていたのを抹消して赤インクで、二三、三、三株式と訂正し、かつ会員番号も訂正されていて、株式会社政経時潮社が入会申込をしたかのように思われる。しかし同号証の入会年月日欄には当初債権者が個人として申込をした日時が表示されていて株式会社政経時潮社設立後の日時は記載されていないのみならず、成立に争のない甲第一一号証の一、二証人市場正悦の証言に弁論の全趣旨を綜合すれば、債務者協会では入会申込書は入会後はこれを会員原簿として利用しているのであるが債権者は個人経営時代にも政経時潮社という商号を用いていたところから、入会申込をするに当り政経時潮社こと武内義行という趣旨で会員名称欄に政経時潮社、事業主氏名欄に武内義行と記載したものであるが昭和二三年三月三日株式会社組織に改めたのでその旨を債務者協会に通知した為債務者協会において商号の表示の正確を期する意味において前記のように加筆したものに止まるのであつて、債権者の退会及び株式会社政経時潮社の入会の意思表示をしたことによる訂正ないし挿入ではないこと及び訂正された会員番号は株式会社たる会員を表示するものではないことが明らかであるから、乙第二号証は債権者が債務者協会を退会したことを疎明するに足りない。

次に、債務者等は昭和三一年一〇月二十九日及び昭和三二年二月一六日の理事会において、債権者を除名する旨決議し、昭和三二年二月二六日の評議員会においても右理事会の決議を承認し、同年三月二六日到達の内容証明郵便を以て債権者にこの旨を通知したから債権者は、現在会員でないと主張し、債権者は右理事会及び評議員会の決議の効力を争うので、この点について判断すると債務者協会が内容証明郵便を以て債務者等主張の如き通知を債権者になし右書面が昭和三二年三月二六日債権者に到達したことは債権者の明らかに争わないところであつて、債務者吉田聖一本人尋問の結果によつて一応成立を認めうる乙第十号証の一、二第十一号証、債務者吉田聖一及び加藤金三の各本人尋問の結果によれば、昭和三一年一〇月二九日及び昭和三二年二月一六日の理事会において債権者を除名する旨決議し、昭和三二年二月二六日の評議員会において右理事会の決議を承認する旨の決議をなしたことが疎明される。けれども右評議員会の決議が昭和三〇年八月五日の臨時会員総会において可決された評議員選出規程の改正規定に基いて構成された評議員選考委員会の選考によつて同年八月一五日評議員に選出された者が出席してこれをなし、又右理事会の決議が債権者主張の各評議員会によつて理事に選任された者が出席してこれをなしたものであることは債務者等の明らかに争わないところであるから、これを自白したものと見做すべきところ、右決議に関与した者が正当に評議員又は理事たる地位を有していたか否かは債権者主張の昭和三〇年八月五日の臨時会員総会及び各評議員会の決議が有効か否かにかかるのであるから以下順次にこれらの決議について考察する。定款第一〇条に「評議員は別に定める評議員選出規程によつてこれを選出する」と定められ、評議員選出規程第五条に「選挙は直接投票による、但し予め一定の地域を定めて郵便投票によることができる」と規定されていること、昭和三〇年八月五日債務協会の臨時会員総会が開催されたこと、右会員総会において緊急動議として「昭和三〇年度に限り直接投票によらず評議員選考委員会の選考によつて評議員を選出することができる」旨の評議員選出規程改正案が上程可決されたこと、右改正規定に基いて評議員選考委員会が構成され、右委員会によつて昭和三〇年八月一五日債務者風間歳次郎、同吉田聖一、同加藤金三、同上本将、同越元次良等五二名が評議員に選出されたことは当事者間に争がない。

ところで社団法人の社員総会は社団法人における最高の議決機関で法人の組織、管理等に関するあらゆる事項について決議し得るのを原則とするけれども、その専権に属する事項例えば定款の変更(民法第三八条)解散の決議(民法第六八条)等を除いては定款の定めによつてこれを他の機関に委任することを妨げるものではなく、定款を以て或る事項を他の機関に委任した場合には他に別段の定めがない限り当該事項については委任された機関のみがこれに関する事務を行う権限を有し、社員総会といえどもこれに関する事務を行う権限を有しないものと解するを相当とするところ、本件において定款第二二条に諸規程の制定及び変更は評議員会においてこれを審議し、議決する旨規定されていることは当事者間に争がないから諸規程の制定及び変更に関する事項はこれを評議員会に委任したものと認むべく、前記評議員選出規程の改正が定款第二二条にいわゆる諸規程の変更に該るものであることは明らかであるから、右改正案については定款第二〇条第四号の場合即ち評議員会が会員総会に附議するよう決議した場合は格別しからざる限り会員総会においてこれを議決することはできないものといわなければならない。しかるに評議員会が前記改正案を会員総会に附議すべきものと決議したことは債務者等の何ら主張立証しないところであるから、前記改正案を可決した昭和三〇年八月五日の会員総会の決議は定款に違反しその決議事項に属さない事項について決議したものであつて無効であり、従つてこの改正規定に基いて選出した前記評議員の選出行為も亦無効で、右手続によつて評議員に選出せられた前記風間歳次郎等五二名は評議員たる地位を取得しないものといわざるを得ない。

債務者等は右昭和三〇年八月五日の会員総会において、右改正案を緊急動議として提出したのは、債権者自身であり、然もこれが可決された後は自ら評議員選考委員に就任して評議員の選考に当り、債権者自ら評議員に就任したばかりでなく、評議員選考委員会の議事録にも署名しているのであるから債権者は右会員総会における決議及び評議員選出行為の無効確認請求の訴権を債務者等に対して抛棄する旨の意思表示をなしたものであり、仮りにそうでないとしてもエストツペル乃至クリーンハンドの原則によりこれが無効を主張できないと主張するけれども、仮りに債権者が債務者主張の如き行動をなしたとしても、これによつて直ちに訴権を抛棄する旨の意思表示をなしたものと認めることはできないし、かかる意思表示があつてもその効力を認め得ないこと多言の要を見ないところである。また債権者に右のような所為があつたとしても、決議の瑕疵を主張することを妨げないものというべくこのような場合エストツペル乃至クリーンハンドの原則を適用すべき限りでないから債務者等の右主張は採用できない。

従つて前記評議員選出規程の改正規定に基いて評議員に選出された者が出席してなした前記昭和三二年二月二十六日の評議員会における債権者の除名を承認する旨の決議は正当な評議員たる地位を有しない者によつてなされたものであるから無効といわざるを得ない。

次に昭和三〇年九月二日東京都千代田区神田如水会館において債務者協会の評議員会を開催し、債務者風間歳次郎、同吉田聖一、同加藤金三、同上本将、同越元次良等一〇名を理事に選任する旨の決議をなして同年九月五日その旨の登記を了し、同年一二月一九日右如水会館において評議員会を開催し、債務者下中弥三郎、同右田晁、同岩波雄二郎、同小林直衛、同大島秀一、同河出孝雄、同田中久四郎等九名を理事に選任する旨の決議をなして同年一二月二九日その旨の登記を了し、更に昭和三一年五月二八日右如水会館において評議員会を開催し、債務者小林茂を理事に選任する旨の決議をなして同年六月一〇日その旨の登記を了し、次で昭和三二年二月二六日右如水会館において評議員会を開催し、債務者岩田元彦同橋口景二を理事に選任する旨の決議をなして同年四月一三日その旨の登記を了したことはいずれも当事者間に争がない。けれども、右評議員会の各決議が昭和三〇年八月五日の臨時会員総会において可決された評議員選出規程の改正規定に基いて同年八月一五日評議員に選出せられた者が出席してこれをなしたものであることは債務者等の明らかに争わないところであり、右手続によつて選出せられた評議員がその地位を取得しないものであることは前段認定のとおりであるから、右各評議員会の決議も正当な評議員たる地位を有しない者が出席してなしたもので無効といわなければならない。

債務者等は昭和三一年三月二六日の通常会員総会において右評議員会における理事の選任が適法である旨の決議をなしたから、右評議員会における各決議の瑕疵は治癒されたと主張するけれども、かかる決議によつて既往の評議員会の決議の瑕疵が治癒されると解することはできないから右主張も採用に値しない。

又債務者等は、債務者風間歳次郎、同大島秀一、同河出孝雄、同田中久四郎は、昭和二八年六月九日理事に選任された者であり昭和三〇年六月九日を以てその任期は満了したけれども右各評議員会における理事選任の決議が無効であるとすれば、右債務者等の後任者はないことになるから、右債務者等は定款第一五条第二項の「役員は任期が満了した場合でも後任者が職務を執行するに至るまではその職務を行うものとする」との規定により依然理事たる職務を執行することができると主張するけれども、前記認定のとおり一旦評議員会なるものの決議によつて後任者たる理事の選任がなされた上その旨の登記がなされ、しかもその後任者として選任された者が理事としての職務を行うに至つた場合は、たとえその後任者の選任が無効であつても、前任者が定款第一五条第三項によつてその職務を執行する権限はこれを喪失するものと解すべきであるから債務者等の右主張も理由がない。

従つて前記各評議員会の決議によつて理事に選任された者はいずれもその地位を取得するに由なく、右の者は理事たる地位を有しないものというの外はないから、前記各評議員会の決議によつて選任された者が理事としてなした前記昭和三一年一〇月二九日及び昭和三二年二月一六日の理事会における債権者を除名する旨の決議も正当な理事たる地位を有しない者が出席してこれをなしたもので無効といわざるを得ない。

よつて債権者は現在なお債務者協会の会員であるというべきであるから、債権者が評議員たる地位を有するか否かについて判断するまでもなく、本件職務執行停止代行者選任の仮処分を求める利益はこれを有するものというべきである。

而して、債務者協会を除くその余の債務者等を理事に選任した前記評議員会の決議が無効であつて、右債務者等が理事たる地位を有しないことは前記認定のとおりであり、右債務者等が現に理事として債務者協会の管理運営に関し種々の事項を決定処理していることは弁論の全趣旨によつて明らかであるから、本案判決確定前に正当な理事でない右債務者等の理事たる職務の執行を停止し、これが代行者を選任する必要があることは明らかである。

次に債権者の債務者協会に対する会員たるの地位を有することを仮りに定める旨の仮処分を求める申請について判断すると、債権者を除名する旨の前記理事会及び評議員会の各決議が無効であつて債権者が現在なお債務者協会の会員であることは既に認定したとおりであるけれども、債権者が本件職務執行停止代行者選任の仮処分を求める前提として仮処分によつて会員たるの地位を有することを仮りに定めることは何ら必要がないばかりでなく、他に本案判決確定前に著しい損害を避け又は急迫な強暴を妨ぐ等の為に右の仮処分を必要とする如き事情は債権者の何ら主張立証しないところであるから、債権者が債務者協会の会員たるの地位を有することを仮りに定めることを求める債権者の仮処分申請は理由がないものとしてこれを却下すべきである。

よつて、債権者の本件申請中職務執行停止代行者選任を求める部分は理由があるから、本案判決確定に至るまで債務者協会を除く債務者等の内、債務者河出孝雄が債務者協会の理事長兼理事の職務を、その余の債務者等が債務者協会の理事たる職務を執行することをそれぞれ停止すると共にその停止期間中当裁判所が別に指名する者をして債務者協会の理事長兼理事、理事の職務を代行させることとし、債務者協会に対し会員たるの地位を有することを仮りに定める旨の仮処分を求める申請はこれを却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文、第九十三条第一項本文第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 伊藤和男 太田昭雄)

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